来生たかおソロライブ Stand Alone 2008/横浜・赤レンガ倉庫1号館3Fホール
興味ない人にとってはどうでもいいことだろうが、私は昨日来生たかおサマのコンサートに行ってきた。興味のない人にとってはどうでもいいことだろうが、来生たかおサマは、デビュー以来30ウン年、一環して自分のいいと思う音楽を職人のようにたんたんと作り続け、コンスタントにライブで歌ってきた素晴らしいアーティストなのだ。ちなみにこれも興味のない人にとってはどうでもいいことだろうが、御年57歳。年相応の老いを感じさせるところがまた、オジサマ好きの私にはたまらない味わいなのである。
○会場の赤レンガ倉庫

母が取ってくれたチケットは、なんと最前列のほぼ中央!
しかも赤レンガ倉庫ホールは、コンサート専用の場所ではないらしく、パイプ椅子に近い普通の椅子を単に並べたような会場で、ステージから1メートルも離れていないところから最前列は始まっていた。なんどか最前列は経験したことがあるけれど、ここまで近かったのは初めてかもしれない。ライトを受けて白や銀に輝く御髪の1本1本や、ギターをかき鳴らす指のきれいに切りそろえられた爪まで見えた。額をながれる汗がまぶたで止まるのも見えた。あぁ、ハンカチでぬぐって差し上げたかったわ(妄想〜)
さて。
タイトルなど書いても知らない人には「あっそう、ふーん」だろうけれど、いちおうセットリスト。
ソロライブといいながら、9〜13は、ギターの小田木隆明さんが登場。この方すごく男前でかっこいいの。おしゃれだし。足長いし。若いし。でももちろん、私の眼には来生さんしか入らないけど!
来生さんはあんまり話さない人っていうイメージを持っている人も多いみたいなんだけど、実はけっこうしゃべる。えー、とか、あー、とか言いながら、ぼそぼそぼそぼそ、なんだかんだ長くしゃべる。
今回も煙草は素晴らしいものだとトツトツと語ったり(来生さんはヘビースモーカー)、3月から5月にかけて新曲をいくつか書き下ろしていたと、嬉しい発表をしてくれたあと、「正直、曲を作るのがだんだん困難になってきました」とボソッと呟いたりして。
長くやっているから、新しく作ってみても、似たような曲がもうすでに今まで作った中にあるのだ、と言った意味のことをおっしゃっていた。いいじゃん、似たのがあったって!! それが来生さんらしい、私の好きなメロディーなんだよう! だけどその変わらない来生メロディーに誰よりも自信を持っているのもまた来生さんご自身であることを、私は知っているぞー。とても控えめで謙虚な方なんだけども、自分の楽曲に対するこだわりと自信が心の奥にしっかとあって、秘かに誇り高いところがまた来生さんの魅力なのだ☆
○帰り道にみた横浜みなとみらいの夜景
○会場の赤レンガ倉庫

母が取ってくれたチケットは、なんと最前列のほぼ中央!
しかも赤レンガ倉庫ホールは、コンサート専用の場所ではないらしく、パイプ椅子に近い普通の椅子を単に並べたような会場で、ステージから1メートルも離れていないところから最前列は始まっていた。なんどか最前列は経験したことがあるけれど、ここまで近かったのは初めてかもしれない。ライトを受けて白や銀に輝く御髪の1本1本や、ギターをかき鳴らす指のきれいに切りそろえられた爪まで見えた。額をながれる汗がまぶたで止まるのも見えた。あぁ、ハンカチでぬぐって差し上げたかったわ(妄想〜)
さて。
タイトルなど書いても知らない人には「あっそう、ふーん」だろうけれど、いちおうセットリスト。
★前半〜ピアノ弾き語り
1.振り向くならせめて
2.もうすぐ、たそがれ
3.風の忘れもの ←これ大好き!
4.渇いた季節
5.美しい女
6.シルエット・ロマンス ←大橋純子さん歌唱で有名
7.待ち人来たらず
8.あなたの色彩
★昭和歌謡曲カバーコーナー
9.今日でお別れ(菅原洋一さんの曲)
10.あいつ(旗照夫さんの曲)
★ギターで小田木隆明さんとデュオ
11.やさしさひととき
12.Goodbye Day ←代表曲。名曲。
13.出会えてよかった ←来生さんのピアノ弾き語り+ギターだったような、それともソロ??うろ覚え
★後半〜ピアノ弾き語り
14.夢の途中 ←「セーラー服と機関銃」のタイトルで薬師丸ひろ子も歌ってた
15.あなたに還る日
16.せめて今夜
★アンコール〜ピアノ弾き語り
17.恋人の領分
18.浅い夢 ←デビュー曲
ソロライブといいながら、9〜13は、ギターの小田木隆明さんが登場。この方すごく男前でかっこいいの。おしゃれだし。足長いし。若いし。でももちろん、私の眼には来生さんしか入らないけど!
来生さんはあんまり話さない人っていうイメージを持っている人も多いみたいなんだけど、実はけっこうしゃべる。えー、とか、あー、とか言いながら、ぼそぼそぼそぼそ、なんだかんだ長くしゃべる。
今回も煙草は素晴らしいものだとトツトツと語ったり(来生さんはヘビースモーカー)、3月から5月にかけて新曲をいくつか書き下ろしていたと、嬉しい発表をしてくれたあと、「正直、曲を作るのがだんだん困難になってきました」とボソッと呟いたりして。
長くやっているから、新しく作ってみても、似たような曲がもうすでに今まで作った中にあるのだ、と言った意味のことをおっしゃっていた。いいじゃん、似たのがあったって!! それが来生さんらしい、私の好きなメロディーなんだよう! だけどその変わらない来生メロディーに誰よりも自信を持っているのもまた来生さんご自身であることを、私は知っているぞー。とても控えめで謙虚な方なんだけども、自分の楽曲に対するこだわりと自信が心の奥にしっかとあって、秘かに誇り高いところがまた来生さんの魅力なのだ☆
○帰り道にみた横浜みなとみらいの夜景
横浜赤レンガ倉庫
6月28日(土)
母と横浜の赤レンガ倉庫に出かけた。

馬車道駅で待ち合わせて、赤レンガ倉庫まで10分ほどの道をのんびり歩く。
巨大な高層ビルのかげで、取り壊し寸前の古びた集合住宅があったりして、おもしろい。

橋の上からは、みなとみらいのビル群と大観覧車が見えた。

赤レンガ倉庫の3階バルコニーで、早めの夜ごはん。
この後、来生たかおサマのライブ♪なので、腹ごしらえをするのら。

鶏肉のグリーンカリーと、ジャスミンティー。

いつも思うけど、ジャスミンティーの元って、開くとけっこうグロテスク。

食べ終わったあと、バルコニーの手すりにもたれて、みなとみらいのほうを見ながらしゃべっていて、ふと振り返ったら雀がお皿に乗っていた。人に慣れているみたい。

赤レンガ倉庫は、デートスポットみたいで、とにかく混んでいた!
ふつうの、ほかにもあるようなお店(例えば、せっけんのLASHとか、雑貨屋さんとか)もあれば、横浜ならではの、キタムラとかレース屋さんとか、お土産ものを買えるお店もたくさんあった。
その中のあるお店で売っていた折り畳み傘にひと目ぼれ☆
紺地に白い縁取り。お花の刺繍がポコポコしていてかわいいのら!
この地味さとラブリーさのバランスがもろ私の好みで、ちょうど、折りたたみの傘がほしいと思っていたこともあって、即決お買い上げ。

晴雨兼用だし、3,150円はお買い得だと思うし、いま買わなかったら他で同じものにはもう出会えない気がしたので。
さて、おなかもいっぱいになって、素敵なおかいものもできて、満ち足りた気分になって出かけた来生サマのライブで、さらに私は幸せいっぱいになるのですが、それはまたの機会に。
母と横浜の赤レンガ倉庫に出かけた。

馬車道駅で待ち合わせて、赤レンガ倉庫まで10分ほどの道をのんびり歩く。
巨大な高層ビルのかげで、取り壊し寸前の古びた集合住宅があったりして、おもしろい。

橋の上からは、みなとみらいのビル群と大観覧車が見えた。

赤レンガ倉庫の3階バルコニーで、早めの夜ごはん。
この後、来生たかおサマのライブ♪なので、腹ごしらえをするのら。

鶏肉のグリーンカリーと、ジャスミンティー。

いつも思うけど、ジャスミンティーの元って、開くとけっこうグロテスク。

食べ終わったあと、バルコニーの手すりにもたれて、みなとみらいのほうを見ながらしゃべっていて、ふと振り返ったら雀がお皿に乗っていた。人に慣れているみたい。

赤レンガ倉庫は、デートスポットみたいで、とにかく混んでいた!
ふつうの、ほかにもあるようなお店(例えば、せっけんのLASHとか、雑貨屋さんとか)もあれば、横浜ならではの、キタムラとかレース屋さんとか、お土産ものを買えるお店もたくさんあった。
その中のあるお店で売っていた折り畳み傘にひと目ぼれ☆
紺地に白い縁取り。お花の刺繍がポコポコしていてかわいいのら!
この地味さとラブリーさのバランスがもろ私の好みで、ちょうど、折りたたみの傘がほしいと思っていたこともあって、即決お買い上げ。

晴雨兼用だし、3,150円はお買い得だと思うし、いま買わなかったら他で同じものにはもう出会えない気がしたので。
さて、おなかもいっぱいになって、素敵なおかいものもできて、満ち足りた気分になって出かけた来生サマのライブで、さらに私は幸せいっぱいになるのですが、それはまたの機会に。
中野の丸井
日曜日。久しぶりに中野の南口へ行ったら、丸井の本店だった建物が無くなっていた。
閉店したのは知っていたけれど、ここまでまるっきり無いと少し寂しい気持ち。
雨に濡れそぼって、若干廃墟臭に似たものが漂っていた。

中野の近くで、3年ほど一人暮らしをしていたことがある。
丸井に入っていた無印良品でベッドやシーツ、少しの食器を買い揃えた。
その後もなにかというと無印に行っていって、バスタオルやら部屋着やら籠やらコップやらを買った。
in The ROOM で家具や食器やリネン類を眺めることもあったけれど、実際に買うのはいつも無印だった。
でも、友だちの結婚祝いは、憧れのin The ROOMで買った。
うちに遊びに来た友だちとレストラン街でご飯を食べ、誕生日には母に1階でピアスを買ってもらい、恋人の誕生日には1階の男モノ雑貨コーナーでネクタイを買った。近くの美容院に行ったあと、用もないのにフラフラと丸井に入って、アクセサリーコーナーの鏡に切ったばかりの髪を映してみたりもした。
あぁ、思い出してきた。3枚1000円セールのハンカチも買った。ファンケルで化粧水も買った。靴やバッグは何度か眺めたけれど、結局一度も買ったことはなかった。お休みの日に着るようなカジュアルなジャケットや、通勤用のスカート、ニットも買った。けれど、友だちの結婚式に着ていく服は試着までしたにもかかわらず丸井では買わなかった。
屋上にあるという噂の遊園地も、結局見ないまま。デパートの中にボウリング上があるのが不思議で、一度恋人と行きたいと思っていたけれど、そちらも行かないまま終わった。そもそも、中野の丸井をデパートと呼んでいいのか迷ってしまう、よく言えば庶民的な悪く言えば寂れた雰囲気が中野の丸井にはあった。
閉店したのは知っていたけれど、ここまでまるっきり無いと少し寂しい気持ち。
雨に濡れそぼって、若干廃墟臭に似たものが漂っていた。

中野の近くで、3年ほど一人暮らしをしていたことがある。
丸井に入っていた無印良品でベッドやシーツ、少しの食器を買い揃えた。
その後もなにかというと無印に行っていって、バスタオルやら部屋着やら籠やらコップやらを買った。
in The ROOM で家具や食器やリネン類を眺めることもあったけれど、実際に買うのはいつも無印だった。
でも、友だちの結婚祝いは、憧れのin The ROOMで買った。
うちに遊びに来た友だちとレストラン街でご飯を食べ、誕生日には母に1階でピアスを買ってもらい、恋人の誕生日には1階の男モノ雑貨コーナーでネクタイを買った。近くの美容院に行ったあと、用もないのにフラフラと丸井に入って、アクセサリーコーナーの鏡に切ったばかりの髪を映してみたりもした。
あぁ、思い出してきた。3枚1000円セールのハンカチも買った。ファンケルで化粧水も買った。靴やバッグは何度か眺めたけれど、結局一度も買ったことはなかった。お休みの日に着るようなカジュアルなジャケットや、通勤用のスカート、ニットも買った。けれど、友だちの結婚式に着ていく服は試着までしたにもかかわらず丸井では買わなかった。
屋上にあるという噂の遊園地も、結局見ないまま。デパートの中にボウリング上があるのが不思議で、一度恋人と行きたいと思っていたけれど、そちらも行かないまま終わった。そもそも、中野の丸井をデパートと呼んでいいのか迷ってしまう、よく言えば庶民的な悪く言えば寂れた雰囲気が中野の丸井にはあった。
白山神社の紫陽花(自由気まま編)
前ボケ練習編以外の写真。
とくに考えず、自由気ままにいろいろー。

神社の入口付近だったけなぁ。忘れちゃった。

神社の裏手には公園に続く道があって、その道の両脇も公園も紫陽花だらけ。

三脚がないことの厳しさを特に強く感じた一枚。
三脚、かなり本気で欲しいかも。

帰ってパソコンにとりこんでみたら、この手の色合い(ピンクに染まりかけだけどまだ白いところもだいぶあるやつ)の写真が多かった。無意識に選んでる。
逆に、紫陽花といったらまっさきに思い浮かべるような、まんべんなく紫色をしているようなものはほとんど写真に撮っていなかった。

紫陽花色の水滴。
不思議な雨の色。

このつぶつぶがたまらなく好き!
☆ ☆ ☆
ショックなことに、撮っている途中でバッテリーが切れた。
家を出るときには目盛り3分の2分残っていたのに〜
とくに考えず、自由気ままにいろいろー。

神社の入口付近だったけなぁ。忘れちゃった。

神社の裏手には公園に続く道があって、その道の両脇も公園も紫陽花だらけ。

三脚がないことの厳しさを特に強く感じた一枚。
三脚、かなり本気で欲しいかも。

帰ってパソコンにとりこんでみたら、この手の色合い(ピンクに染まりかけだけどまだ白いところもだいぶあるやつ)の写真が多かった。無意識に選んでる。
逆に、紫陽花といったらまっさきに思い浮かべるような、まんべんなく紫色をしているようなものはほとんど写真に撮っていなかった。

紫陽花色の水滴。
不思議な雨の色。

このつぶつぶがたまらなく好き!
☆ ☆ ☆
ショックなことに、撮っている途中でバッテリーが切れた。
家を出るときには目盛り3分の2分残っていたのに〜
白山神社の紫陽花(前ボケ練習編)
文京区の白山神社に紫陽花を見に行った。
都営三田線の白山駅からすぐのところにある、あじさいで有名な神社。
裏の公園にも紫陽花がいっぱい。

5、6年前にも一度行ったことがあるけれど、そのときはいまほど写真に興味はなくて、先代のデジカメ(ソニーのサイバーショット、ほとんど使いこなせないまま終わった)で何枚か撮った記憶はあるけれど、どんな写真を撮ったのかほとんど覚えていない。残念なことにその後パソコンが壊れて、撮った写真は一枚も残っていない・・・。

前ボケを練習してみることをテーマにして、いろいろ撮ってみた。
前ボケとは、ピントの合う手前にボケをつくる構図のことらしい。
主役の花が引き立つらしい。

↑この紫陽花、フチがくるんと内側に丸まっていて変わってる。
ひとつひとつも小さくて、見飽きないおもしろさがあった。

↑私はこの手の、まだ完全に染まりきっていない頃のがつくづく好きだー!
もっと激しく前ボケしててもよかったかもね。


↑これも、もーっとボヤボヤにボヤかしてしまってよかったかもね。
前ボケに良さそうな配置で咲いているのを見つけるのがけっこう難しかった。
つまり、主役になりそうな、色よく形よく咲いている花の近くに、欲しい色あいの花がちょうどよい位置関係で咲いているとは限らないってこと。
離れすぎていても、同じ画面に上手く入らないし、上下あるいは左右の高さが近すぎるとボカしたいものがじゃまになって主役にしたいものが隠れてしまうし。
探し方が悪いのかもしれない。
撮る前からダメって思ってるだけで、撮ってみればうまくできるのかもしれない。
その辺はまだよくわからないけれど。
写真はぜんぶ、EOS kiss Digital x + 60ミリマクロレンズ。
都営三田線の白山駅からすぐのところにある、あじさいで有名な神社。
裏の公園にも紫陽花がいっぱい。

5、6年前にも一度行ったことがあるけれど、そのときはいまほど写真に興味はなくて、先代のデジカメ(ソニーのサイバーショット、ほとんど使いこなせないまま終わった)で何枚か撮った記憶はあるけれど、どんな写真を撮ったのかほとんど覚えていない。残念なことにその後パソコンが壊れて、撮った写真は一枚も残っていない・・・。

前ボケを練習してみることをテーマにして、いろいろ撮ってみた。
前ボケとは、ピントの合う手前にボケをつくる構図のことらしい。
主役の花が引き立つらしい。

↑この紫陽花、フチがくるんと内側に丸まっていて変わってる。
ひとつひとつも小さくて、見飽きないおもしろさがあった。

↑私はこの手の、まだ完全に染まりきっていない頃のがつくづく好きだー!
もっと激しく前ボケしててもよかったかもね。


↑これも、もーっとボヤボヤにボヤかしてしまってよかったかもね。
前ボケに良さそうな配置で咲いているのを見つけるのがけっこう難しかった。
つまり、主役になりそうな、色よく形よく咲いている花の近くに、欲しい色あいの花がちょうどよい位置関係で咲いているとは限らないってこと。
離れすぎていても、同じ画面に上手く入らないし、上下あるいは左右の高さが近すぎるとボカしたいものがじゃまになって主役にしたいものが隠れてしまうし。
探し方が悪いのかもしれない。
撮る前からダメって思ってるだけで、撮ってみればうまくできるのかもしれない。
その辺はまだよくわからないけれど。
写真はぜんぶ、EOS kiss Digital x + 60ミリマクロレンズ。
永田町

ケータイから。
いま、永田町のエクセルシオールカフェにて遅めのお昼ご飯中。
朝から洗濯機を二回まわし、燃えるゴミを捨て、朝風呂の中で本を読み、白山神社にアジサイを見に行き、帰りに道に迷い、ドトールで手紙を書き、そのほかちょっと中略して私はいまここにいる。
エクセル〜でパスタを食べるのは初めて。最近、パスタを扱うコーヒーチェーンが増えているような。カフェドクリエもだよね。食べたことないけど。パンより麺派の私にはうれしい。
エクセル〜のパスタもおいしかったけど、先駆者のプロントのほうがやっぱりおいしいような気がする。
ああ、外食減らしたいと思ってるのに、今日もこうして外ごはん! はぁ〜〜
永田町ってなんにもない。もちろん日本の中枢的なとこだし、きっといろいろあるんだろうけど、私にとって楽しいものはなんにもない。
今日はこれから4時までこのへんにいて過ごすの。この空き時間を読みかけの本を最後まで読みきったり、書きかけのノートをまとめたり、お財布の中のレシートを整理することに使う予定。でもなんだか眠くなってきちゃった。
壊れそうな電車
今朝いつもの乗車駅でいつもの電車を待っていると、聞きなれないアナウンス。
「次の電車はX駅行きです」
え? X駅行きなんて聞いたことがない。
ちなみにX駅というのは、私がいつも乗る駅からほんの2つめのところで、いつもの終点よりもずーーーーっと手前。
なぜX駅までしか行かないのかわからないまま、朝のぼんやりした頭で、ぼーっと乗り込む。走り出した車内で、より詳細なアナウンスが流れた。
「この電車は、X駅までしかまいりません。X駅でみなさまに降りていただいた後、Y駅の車庫まで回送して車両点検を行います」
むむ?
私が今乗っている電車は、点検が必要なの?
それって、つまり、どこか不具合が見つかったってことだよねえ?
どこからともなく、もくもくもくと黒い煙が漂ってきたらどうしよう。
目が痛くなって息も苦しくなって意識を失いかけたときに車両が爆発したりして。
ぐらぁ〜っと車両が傾いて、横に倒れたらどうしよう。
サラリーオジサンに押されながら銀色のドアにほっぺた押し付けて圧死してしまうかも。
突然、ぷしゅーぅ……と情けない音を立てて止まってしまう可能性はないのかしら。
駅と駅のあいだで長いあいだ閉じ込められるのはやだなあ。
いやいや、止まってしまうならまだましで、ブレーキが効かなくなって、前の電車に突っ込むかもしれない。それはイヤだあー。
エトセトラエトセトラ、しょうもない想像が浮かぶ。
でも、所詮まだ寝起きで判断力の鈍い私。そんなに心配ならひとつめの停車駅で降りればいいのに、結局X駅まで乗ってしまった。幸いにもというか当然なことにというか、電車も私もなにごともなくピンピンして到着。一見ピンピンしているけれどもどこかが壊れているかもしれない電車は、ホームいっぱいの人に見送られて、空っぽで運ばれていった。
それを見ながら、壊れそうだと指摘されなければ気がつかないけれど、ホントはすでに壊れかけているものって、きっと身の回りにいっぱいあるんだろうな、と思った。
例えば、我が家の古い風呂釜とか、ひどく乱暴に扱っているipodとか、雨風の吹き込みがちな窓際に置いているコンポとか。
なんとなく連絡が疎遠になっている友だちとの関係とか、図に乗ってちっとも大切にしてない夫との関係とかも。
ほとんど検診も受けてない体には、それこそなにか病が巣食いはじめているかもしれないし、意識してないだけで、プチうつとか、依存症の気が潜んでいるのかもしれない。
壊れかけの体に壊れかけの精神引き連れて、壊れかけの世の中を今日も暮らしているのだなぁ、なーんて暗い締めくくりの今日の日記。見ようによっては何もかもがひどくあやうい。
「次の電車はX駅行きです」
え? X駅行きなんて聞いたことがない。
ちなみにX駅というのは、私がいつも乗る駅からほんの2つめのところで、いつもの終点よりもずーーーーっと手前。
なぜX駅までしか行かないのかわからないまま、朝のぼんやりした頭で、ぼーっと乗り込む。走り出した車内で、より詳細なアナウンスが流れた。
「この電車は、X駅までしかまいりません。X駅でみなさまに降りていただいた後、Y駅の車庫まで回送して車両点検を行います」
むむ?
私が今乗っている電車は、点検が必要なの?
それって、つまり、どこか不具合が見つかったってことだよねえ?
どこからともなく、もくもくもくと黒い煙が漂ってきたらどうしよう。
目が痛くなって息も苦しくなって意識を失いかけたときに車両が爆発したりして。
ぐらぁ〜っと車両が傾いて、横に倒れたらどうしよう。
サラリーオジサンに押されながら銀色のドアにほっぺた押し付けて圧死してしまうかも。
突然、ぷしゅーぅ……と情けない音を立てて止まってしまう可能性はないのかしら。
駅と駅のあいだで長いあいだ閉じ込められるのはやだなあ。
いやいや、止まってしまうならまだましで、ブレーキが効かなくなって、前の電車に突っ込むかもしれない。それはイヤだあー。
エトセトラエトセトラ、しょうもない想像が浮かぶ。
でも、所詮まだ寝起きで判断力の鈍い私。そんなに心配ならひとつめの停車駅で降りればいいのに、結局X駅まで乗ってしまった。幸いにもというか当然なことにというか、電車も私もなにごともなくピンピンして到着。一見ピンピンしているけれどもどこかが壊れているかもしれない電車は、ホームいっぱいの人に見送られて、空っぽで運ばれていった。
それを見ながら、壊れそうだと指摘されなければ気がつかないけれど、ホントはすでに壊れかけているものって、きっと身の回りにいっぱいあるんだろうな、と思った。
例えば、我が家の古い風呂釜とか、ひどく乱暴に扱っているipodとか、雨風の吹き込みがちな窓際に置いているコンポとか。
なんとなく連絡が疎遠になっている友だちとの関係とか、図に乗ってちっとも大切にしてない夫との関係とかも。
ほとんど検診も受けてない体には、それこそなにか病が巣食いはじめているかもしれないし、意識してないだけで、プチうつとか、依存症の気が潜んでいるのかもしれない。
壊れかけの体に壊れかけの精神引き連れて、壊れかけの世の中を今日も暮らしているのだなぁ、なーんて暗い締めくくりの今日の日記。見ようによっては何もかもがひどくあやうい。
初めてのモデル撮影
デジカメ教室に通い始めたって話はここに書いたことがあったっけ?
カメラの仕組みや基礎知識の講習から始まって、今日は8回目の授業だった。
外の出ての実習は3回目。
過去2回の実習は、先生の指示のもとシャッタースピードや露出や絞りを変えつつ撮影してみて、写り方の違いを体感するのが目的のものだった。初歩の初歩、基本中の基本なんだろうけど、私には言われた通りに撮るだけのことがホントにもう難しくて、実習が終わるたびにグッタリ、翌週教室で印刷してみて、なんじゃこりゃ、の連続。
そんな状態なのに、無謀にも今日はとうとうモデルさんが来てのポートレート撮影だった。
モデルさんが、ブログに載せてもOKと言ってくれていたので、ブログ上で一人反省会をしてみる。
モデルは田中亜季ちゃん☆
亜季ちゃん、ありがとうー!

まず、『眼にピントを合わせる』という、おそらく一番の基本だと思われることすらできない私・・・。これも合ってないけどまだマシなほうで、もっとヒドイのがいっぱい。まつげの1本1本までキッチリハッキリ写るくらい、キリリッとシャープにピントを合わせたいのに、それができない。
自分でも、明らかにズレてる、とわかりながらシャッターを切ってしまうときもよくあった。落ち着いて合わせ直せばいいんだけど、合わせ直すのに手間取る自分であることがわかっているから、待ってる他の生徒さんのことを考えてしまったり、またモデルさんに視線をお願いするのがためらわれたり、まぁなんだかんだ言い訳がいろいろ浮かんで諦めてしまうのだ。風景や物なら何度もチャレンジできたかもしれないけれど、ナマミのモデルさんを前にすると、なんだか気後れしてしまって。でも、この、すぐ諦める、妥協する、遠慮する、気弱、っていうところは、人物撮影の場面で、私の大きな欠点だとつくづく思った。
それから、上の写真は、もうちょっと左にずれたほうがよかったかも。
眼の下の影も気になる。

このモデルさんは、笑顔を真正面から見たところももちろんかわいいんだけれど、ちょっと上を振り仰ぐようにしながらまぶしそうに眼を細めたときの横顔とか、斜め上あたりに笑顔を向けているときの柔らかな眼のカーブとかが、個人的にはすごく好きだった。
じゃぁ、「ちょっとあっち見てて」とか、「上のほう見てみて」とかお願いして、私の欲しいと思う表情をもらえばいいんだろうけど、それが言えないのよ〜。言えないったら言えない。絶対に言えない。私はいったいどこまで気弱なんだ。誰に遠慮してるの? モデルさんに? ほかの生徒さんに? わかんないけど、自信ないし、恥ずかしいし。というわけで、これは他の生徒さんに向かって微笑んでいるところをちょいと拝借。だから、ほんとーうに私が好きだと思った表情とは微妙に違うのだった。

これは木陰で。
私って撮る時、ファインダーの中を四隅までちゃんと見ていない。おかげで、バランスの悪い、なんじゃこりゃ写真がうんざりするほどいっぱい撮れた。
こっちを向いてもらうだけでもう精一杯で、こっちを向いてもらったらもらったで、「うわぁわぁわぁ・・・」となにやらテンパってしまって、おしりとか足元まで気をくばることはまったくできない。そもそも、ちゃんとおしりとか足元まで含めたバランスをきっちり考えて画面に入れたうえで、こっちを向いてもらわないとダメだったんだけど…。反省。

反省点はとにかくいっぱいあるんだけど、そもそもどう撮りたいか、何を撮りたいかを考える余裕すらない、ということが一番の反省点。背景には何を入れようとか、どのくらいぼかそうとか、モデルさんの大きさをどのくらいにしようとか、はっきりいってまったく考えてない。
そもそも、どのくらい絞るとどのくらいボケるかとか、どのくらい望遠にすればどのくらい画面に入るのかとか、さっぱり感覚がつかめていないし。すべて「テキトー」。なにもかも、「行き当たりバッタリ」。
この、テキトー&行き当たりばったり癖を卒業しない限り、撮りたい写真は撮れないままだと思う。

もっと髪の輪郭をふわっと光らせる感じになるとよかったのにねえ。
私は写真をとるとき光がどっちから当たっているかとか、どこに影ができているかとか、光のことに無頓着すぎるんだなぁーっていうのも今日の発見だった。いままで、光のことなんて、ろくに考えたこともなかった。そもそも、いま向いているほうが逆光か順光も考えたことない。光に対する感覚が鈍いみたい。でもそれって、写真を撮る上で致命的な欠陥だよねえ。
ところで、なんでこんなに大きく撮れたかというと、教室から貸してもらったレンズだから。
私が持っているレンズ(レンズキットでついてきた18-55ミリのレンズ)では、こうは撮れなかった。
望遠っておもしろいなーと思いながら、あれこれ借り物のレンズをいじくる。
ちなみにおいくらするざんしょ、と帰宅後調べてみたら、10マン円!!!ひえ〜。
⇒Canon EF Lレンズ 24-105mm F4L IS USM
(たぶんこれだったような気がする。うろ覚え)
最後に、数ある失敗作の中から、これはヒドすぎる…という本日のベストオブ失敗作を2枚。
上に余計なものが入っていて台無し。
私ってホントにファインダーの中をろくに見ていないんだなぁー。
レフ板が写っている!!
先生が、「もっともみっともないのは、小道具が写り込んでいる写真」とおっしゃっていた、まさにそれ。
しつこいけど、ほんっとに、ファインダーの中の画面をまともに見ていない。
組んだ足が頭の真上にきてるのも、どう見たっておかしいじゃん。これじゃぁうさぎの耳ではないか。それなのに、そんなことにも気がつかないんだもの。
とにかく、初めてのモデル撮影は大変だったー。でも、おもしろかった。
なにより、ホンモノのモデルさんを撮らせてもらえるってことが贅沢なこと!!
休みの日に公園なんかで、カメラを持った素人っぽい人たちがモデルを取り囲んで撮影会をしているのを見かけると、「おたくっぽーい」「こわーい」「なんじゃありゃ」と、実は思っていたこともあった私。
あぁ、仲間入りしちゃったよ。
えーい、このまま進め!進むんだっ!!
☆☆☆ 今後の課題 ☆☆☆
・ファインダーの中は、四隅までしっかり見よう。
・光に気を配りながら撮ろう。
・ピントを確実に合わせられるように練習、練習!
・諦めない、妥協しない、被写体に気後れしない。
・頭を使う。感覚をつかむ。⇒テキトー、行き当たりバッタリは止める。
反省おしまい。
最後にもう一度、「田中亜季ちゃん、ありがとう&おつかれさまでした☆」。
カメラの仕組みや基礎知識の講習から始まって、今日は8回目の授業だった。
外の出ての実習は3回目。
過去2回の実習は、先生の指示のもとシャッタースピードや露出や絞りを変えつつ撮影してみて、写り方の違いを体感するのが目的のものだった。初歩の初歩、基本中の基本なんだろうけど、私には言われた通りに撮るだけのことがホントにもう難しくて、実習が終わるたびにグッタリ、翌週教室で印刷してみて、なんじゃこりゃ、の連続。
そんな状態なのに、無謀にも今日はとうとうモデルさんが来てのポートレート撮影だった。
モデルさんが、ブログに載せてもOKと言ってくれていたので、ブログ上で一人反省会をしてみる。
モデルは田中亜季ちゃん☆
亜季ちゃん、ありがとうー!

まず、『眼にピントを合わせる』という、おそらく一番の基本だと思われることすらできない私・・・。これも合ってないけどまだマシなほうで、もっとヒドイのがいっぱい。まつげの1本1本までキッチリハッキリ写るくらい、キリリッとシャープにピントを合わせたいのに、それができない。
自分でも、明らかにズレてる、とわかりながらシャッターを切ってしまうときもよくあった。落ち着いて合わせ直せばいいんだけど、合わせ直すのに手間取る自分であることがわかっているから、待ってる他の生徒さんのことを考えてしまったり、またモデルさんに視線をお願いするのがためらわれたり、まぁなんだかんだ言い訳がいろいろ浮かんで諦めてしまうのだ。風景や物なら何度もチャレンジできたかもしれないけれど、ナマミのモデルさんを前にすると、なんだか気後れしてしまって。でも、この、すぐ諦める、妥協する、遠慮する、気弱、っていうところは、人物撮影の場面で、私の大きな欠点だとつくづく思った。
それから、上の写真は、もうちょっと左にずれたほうがよかったかも。
眼の下の影も気になる。

このモデルさんは、笑顔を真正面から見たところももちろんかわいいんだけれど、ちょっと上を振り仰ぐようにしながらまぶしそうに眼を細めたときの横顔とか、斜め上あたりに笑顔を向けているときの柔らかな眼のカーブとかが、個人的にはすごく好きだった。
じゃぁ、「ちょっとあっち見てて」とか、「上のほう見てみて」とかお願いして、私の欲しいと思う表情をもらえばいいんだろうけど、それが言えないのよ〜。言えないったら言えない。絶対に言えない。私はいったいどこまで気弱なんだ。誰に遠慮してるの? モデルさんに? ほかの生徒さんに? わかんないけど、自信ないし、恥ずかしいし。というわけで、これは他の生徒さんに向かって微笑んでいるところをちょいと拝借。だから、ほんとーうに私が好きだと思った表情とは微妙に違うのだった。

これは木陰で。
私って撮る時、ファインダーの中を四隅までちゃんと見ていない。おかげで、バランスの悪い、なんじゃこりゃ写真がうんざりするほどいっぱい撮れた。
こっちを向いてもらうだけでもう精一杯で、こっちを向いてもらったらもらったで、「うわぁわぁわぁ・・・」となにやらテンパってしまって、おしりとか足元まで気をくばることはまったくできない。そもそも、ちゃんとおしりとか足元まで含めたバランスをきっちり考えて画面に入れたうえで、こっちを向いてもらわないとダメだったんだけど…。反省。

反省点はとにかくいっぱいあるんだけど、そもそもどう撮りたいか、何を撮りたいかを考える余裕すらない、ということが一番の反省点。背景には何を入れようとか、どのくらいぼかそうとか、モデルさんの大きさをどのくらいにしようとか、はっきりいってまったく考えてない。
そもそも、どのくらい絞るとどのくらいボケるかとか、どのくらい望遠にすればどのくらい画面に入るのかとか、さっぱり感覚がつかめていないし。すべて「テキトー」。なにもかも、「行き当たりバッタリ」。
この、テキトー&行き当たりばったり癖を卒業しない限り、撮りたい写真は撮れないままだと思う。

もっと髪の輪郭をふわっと光らせる感じになるとよかったのにねえ。
私は写真をとるとき光がどっちから当たっているかとか、どこに影ができているかとか、光のことに無頓着すぎるんだなぁーっていうのも今日の発見だった。いままで、光のことなんて、ろくに考えたこともなかった。そもそも、いま向いているほうが逆光か順光も考えたことない。光に対する感覚が鈍いみたい。でもそれって、写真を撮る上で致命的な欠陥だよねえ。
ところで、なんでこんなに大きく撮れたかというと、教室から貸してもらったレンズだから。
私が持っているレンズ(レンズキットでついてきた18-55ミリのレンズ)では、こうは撮れなかった。
望遠っておもしろいなーと思いながら、あれこれ借り物のレンズをいじくる。
ちなみにおいくらするざんしょ、と帰宅後調べてみたら、10マン円!!!ひえ〜。
⇒Canon EF Lレンズ 24-105mm F4L IS USM
(たぶんこれだったような気がする。うろ覚え)
最後に、数ある失敗作の中から、これはヒドすぎる…という本日のベストオブ失敗作を2枚。
上に余計なものが入っていて台無し。私ってホントにファインダーの中をろくに見ていないんだなぁー。
レフ板が写っている!! 先生が、「もっともみっともないのは、小道具が写り込んでいる写真」とおっしゃっていた、まさにそれ。
しつこいけど、ほんっとに、ファインダーの中の画面をまともに見ていない。
組んだ足が頭の真上にきてるのも、どう見たっておかしいじゃん。これじゃぁうさぎの耳ではないか。それなのに、そんなことにも気がつかないんだもの。
とにかく、初めてのモデル撮影は大変だったー。でも、おもしろかった。
なにより、ホンモノのモデルさんを撮らせてもらえるってことが贅沢なこと!!
休みの日に公園なんかで、カメラを持った素人っぽい人たちがモデルを取り囲んで撮影会をしているのを見かけると、「おたくっぽーい」「こわーい」「なんじゃありゃ」と、実は思っていたこともあった私。
あぁ、仲間入りしちゃったよ。
えーい、このまま進め!進むんだっ!!
☆☆☆ 今後の課題 ☆☆☆
・ファインダーの中は、四隅までしっかり見よう。
・光に気を配りながら撮ろう。
・ピントを確実に合わせられるように練習、練習!
・諦めない、妥協しない、被写体に気後れしない。
・頭を使う。感覚をつかむ。⇒テキトー、行き当たりバッタリは止める。
反省おしまい。
最後にもう一度、「田中亜季ちゃん、ありがとう&おつかれさまでした☆」。
ボーンチャイナ
本日2コめの日記。
いやー、顎が外れそうになるくらいびっくりした。
そろそろ岸本葉子さんのお誕生日なので、なにかよい贈り物はないかしら、と考え中の今日この頃。
エッセイでノリタケの食器のことを書いていらしたので、安直ではあるけれど、食器でもいいなぁ、と思ってノリタケのサイトを見ていたら…。
ボーンチャイナって、「ボーン=Bone」(骨)の灰が使われている 「チャイナ=China」(磁器)のことだったのねえ!!!!!!!!!!!!!
ずっと、Born (in) CHINA 、中国産かと思っていたので、もうびっくり!!!!!
(読んでいる人にとっては、私が中国産かと思っていたことにびっくりのことと思いますが。)
そりゃぁ、なぜ日本の会社であるノリタケが作っているのに、中国産? と、うすうすおかしいなぁとは感じていた。でも、中国産の原材料を使って、ノリタケで制作したってことだろう、とか、それとも当時何かの事情があって、中国産ってことにして売っていたのかも、なんて考えていた。それじゃ産地擬装だっつーの。それに、私が「ボーンチャイナ」の言葉を初めて聞いたのは、たまたま古い食器の話題のときだったけれど、実際にはいまもボーンチャイナは作られているわけで、もっと深く考えれば早く間違いに気が着いただろうに、なぁにが当時は・・・・だ。
あまりのバカさに、情けなくて、我ながらもう、なんというか、もう、・・・言葉が続かない。
言い訳がましくなるけどさ、世の中のみなさんは、China=磁器であるとどこで知ったのでしょうか。
これは基礎レベルの英単語でしょうか。
ちなみに私はボーンチャイナ、という言葉を通じて、中国「製」をmade in Chinaといい、 中国「産」をボーンチャイナと言うのだろう、と勝手すぎる解釈までしていた。
バカすぎてもう…。
いやー、顎が外れそうになるくらいびっくりした。
そろそろ岸本葉子さんのお誕生日なので、なにかよい贈り物はないかしら、と考え中の今日この頃。
エッセイでノリタケの食器のことを書いていらしたので、安直ではあるけれど、食器でもいいなぁ、と思ってノリタケのサイトを見ていたら…。
ボーンチャイナって、「ボーン=Bone」(骨)の灰が使われている 「チャイナ=China」(磁器)のことだったのねえ!!!!!!!!!!!!!
ずっと、Born (in) CHINA 、中国産かと思っていたので、もうびっくり!!!!!
(読んでいる人にとっては、私が中国産かと思っていたことにびっくりのことと思いますが。)
そりゃぁ、なぜ日本の会社であるノリタケが作っているのに、中国産? と、うすうすおかしいなぁとは感じていた。でも、中国産の原材料を使って、ノリタケで制作したってことだろう、とか、それとも当時何かの事情があって、中国産ってことにして売っていたのかも、なんて考えていた。それじゃ産地擬装だっつーの。それに、私が「ボーンチャイナ」の言葉を初めて聞いたのは、たまたま古い食器の話題のときだったけれど、実際にはいまもボーンチャイナは作られているわけで、もっと深く考えれば早く間違いに気が着いただろうに、なぁにが当時は・・・・だ。
あまりのバカさに、情けなくて、我ながらもう、なんというか、もう、・・・言葉が続かない。
言い訳がましくなるけどさ、世の中のみなさんは、China=磁器であるとどこで知ったのでしょうか。
これは基礎レベルの英単語でしょうか。
ちなみに私はボーンチャイナ、という言葉を通じて、中国「製」をmade in Chinaといい、 中国「産」をボーンチャイナと言うのだろう、と勝手すぎる解釈までしていた。
バカすぎてもう…。
暴力と束縛

またまた紫陽花の写真。撮ったのは、何日も前のこと。
花びらが三段重ねくらいになっていてボリュームがあるところに惹かれた。
ふつうの丸々と咲くアジサイも好きだけど、ガクアジサイの持つ可憐さとか、粒々と花びらのバランスからくる独特のもの淋しい感じによりいっそう惹かれる。
えっと、そんなことはどうでもよくて! ドラマ「ラスト・フレンズ」ですわよ。(これから録画しておいた分を見ようとしている人は読まなように。ネタバレしまくりです)
はぁーーーーーーーーーー。
DV男は自死ですか。
ありうる展開だとは思うけれど、このドラマではそうしてほしくなかった。
ラストフレンズでは、宗佑(錦戸亮)がDVを働く→美知留(長澤まさみ)逃げる→宗佑追う→まさみ戻る→DV→逃げる→追う→戻る→DV→逃げる→戻る・・・の無限ループを繰り返していて、このドラマを終わらせるためには、ストーリー上DV男は消さにゃぁ始末がつかないな、とは思っていた。ちなみに、私はDVは99%治らないと思っているので、終盤近くになって改心→DVしなくなってふたりは幸せに暮らし始めましたとさ、めでたし、めでたし、は有り得ないと思うし、納得できない。納得いくラストを迎えるためには、残念だけど消えていただくのが自然なキャラなのでは・・・と。
ただ、自殺ではなくて、登場人物の誰かに殺されるか、事故死であってほしかった。(ここにきて、じつは不治の病を抱えていて…とかいって病死するのは興ざめだからナシね)。もしくは死なないにしろ、誰かを殺してしまって獄中へ行く展開はありかと思っていた。自殺は充分考えられたけど、考えられるからこそ、してほしくなかった。しかも、死の前夜に切なげに泣くシーンなぞ入れて美化しているし。
「愛と死」なんてサブタイトルがついていた今回の放送だけど、私に言わせりゃ「暴力と束縛」だ。DVの成れの果てに、結局好きな人が在宅しているところで自殺って、いままで以上の極めつけの暴力行為、これ以上ない束縛行為だと思う。死ぬことで彼女を解放するつもりかもしれないが、彼女にしてみればこの出来事に一生とらわれてしまうもの。
DVや性同一性障害を真正面から描いていることを売りにしているなら、DVや性同一性障害に悩むひとにとって、ある程度救いになるような、希望をみせるような形で物語を収束させてほしいという気持ちが私にはある。
ここでDV男を自殺させてしまうと、DVする人(男女かかわらず)との関係に悩んでいるひとにとって、自分のせいで自殺するかも→やっぱり離れられないという印象を与えてしまいそうだから、自殺は避けてほしいなぁと個人的には感じていたんだけどなぁ。あーあ。あとはせめて、一生懸命に生きる留可とタケルにとって、そして留可やタケルと自分自身を重ね合わせてみているような人たちにとって、希望ある展開であることを祈る!
銀色夏生の視点
![]() | ⇒『銀色夏生の視点』 銀色夏生 幻冬舎 |
今月はもう新しい本を買うのは控えよう、と思っていたくせに、今日本屋さんへ行ったら銀色夏生の新しい本が出ていたので、パッと買ってしまった。今月は本にお金を使いすぎ。
でも、いいのだ!この本は、手に取った瞬間、買って後悔はないだろう、って思ったんだもん。だって、いままでにないタイプの本だったんだもの、対談とかインタビューとか新し試みをいろいろされているようだったし、本人の写真もたくさん載っていて。
その分と言ってはナンだけど、夕飯の買い物はしないで、家にあったうどんで、夕飯は素うどん。
そして、素うどんをすすりながら、さっそく全部読んでしまった。
もったいないからゆっくり読めばいいのにダメ。眼が勝手に進んでしまうのを止められない〜!
私は、銀色夏生のすべてをものすごく好きだというわけではない。
中学のとき、角川からでていた写真詩集がクラスで流行って、「かわいいよねー」「せつないよねー」といいながら、まわりの子たちが読んでいたとき、私も貸してもらったのだけど、フーンって感じであんまり印象に残らなかった。ただ、写真がステキだなとは思ったけれど。
それから何年か経って、何がきっかけかもう忘れたけれど、たぶんなにか感じるところがあったのでしょう、立て続けに何冊か写真詩集を買って、「この雰囲気好きだわー」などと浸りだした。
それと前後して、そのころ、たしか2冊くらいしか出ていなかった「つれづれノート」を読むようになって、それからは毎年つれづれが出るたびに買ってた。
・つれづれノート⇒買う
・写真詩集⇒気に入れば買う
・写真なしの詩集、イラストつきの詩集、イラスト集、小説⇒気が向けば買うけど、基本的には買わない。気になれば、立ち読みか図書館
というスタンスでずっと見て来た。
振り返って思うに、私はこの人の、空や花や、ちょっとした風景の写真と、つれづれノートの中にときどき出てくるハッとする意見や姿勢が、とにかく好きみたい。つれづれの中に挿しこまれているイラストはとても好きだけれど、イラストだけの本を買うほどにはイラストは好きではないみたい。
あ、あと、BalanceというCDがとても好きだった。
もう10年以上読んでいるので、物事に関する考え方など、ずいぶん影響を受けているんじゃないかと思う。その一方で、近年のおしゃべり本の安易さには、あまりいい印象を持っていないし、HARCOとのメール交換本の中にはがっかりさせられた部分もあったりで、「なんだかちょっとなぁ」と思うことも多くなっていた。
とはいえ、最近の「銀色ナイフ」と「テレビの中で光るもの」がわりと好印象で心に残っていて、やっぱりまだまだ、この人の出すものはウォッチしつづけようと思っていたので、パッと手にとってみた次第。
数年前には、「ファンレターはもう読まない」と宣言したり、とにかく内へとこもりたい感じだった銀色さんが、サイン会をやったり、ファンの人と対談をしたりしていてちょっとびっくり。この数年、とくに1〜2年でずいぶん変化が起こったみたい。これからどんなことをするんだろう? どうなっていくのかな。
たぶん、また「なんだかなぁ」って思っちゃうような本が出てきたりもするんだろうけれど、ハッとさせられたり、わかるわかる、とニヤリとさせらりたりする言葉もあるんだろうな。
なので、あんまり期待しすぎず、でもそこそこ楽しみにしながら、これからも銀色夏生の本はみていくつもり。
何故に五反田ゆうぽうと?
昨日のこと。
「我々は、岸本葉子さんの研究をしている。(中略)今後、定期的に勉強会を開催し、岸本葉子さんの作品研究や今後の活動についての議論を交わしていきたいと考えている。ついては、『岸本葉子公認サイト』の管理人である貴女にもぜひご参加いただきたい。」といった内容のメールが届いた。
日時:毎月第三木曜日 夜7:00〜9:00
場所:五反田ゆうぽうと 会議室
住所:東京都品川区×××××××
とあり、
備考として、「ご存知かもしれませんが、五反田ゆうぽうとは日本郵政公社が運営していた施設であり、現在も五反田にて営業中です云々」といった但し書きまで添えられている。
差出人は、はじめて聞く男性の名前が4〜5名列記されていて、どうやら男性が数名集まって、岸本葉子研究会(?)なる活動をしているらしい。
うーん、どうしよう…。
時間的にも場所的にも行けないことはないけれど、正直言って、ちょっとコワイ。
議論!研究!ってお堅い感じにも怯んでしまう。私が言っても話せることなんてないよ。
この手の方々とは、距離を置かせていただきたいような気もしないでもない。
うーん、どうすっぺなぁ…。
と、思い悩んでいるところで目が覚めた。
そう、全部夢だったのー!
私の夢はときどきリアルすぎて現実との区別がつきにくいから困る。
五反田ゆうぽうとなんて実在の場所を出さないでほしいよ、私の脳みそめ。
毎月第三木曜日 夜7:00〜9:00 という日時設定も現実味がありまくりで、本気で悩んでしまったではないか。
たぶん、新刊を読んだり、週刊朝日掲載のエッセイをチェックしたり、久しぶりにメルマガを書いたりして、昼間にかなり岸本さんのことを考えていたせいで見た夢だと思う。
あぁ、予知夢だったらどうしよう〜。
「我々は、岸本葉子さんの研究をしている。(中略)今後、定期的に勉強会を開催し、岸本葉子さんの作品研究や今後の活動についての議論を交わしていきたいと考えている。ついては、『岸本葉子公認サイト』の管理人である貴女にもぜひご参加いただきたい。」といった内容のメールが届いた。
日時:毎月第三木曜日 夜7:00〜9:00
場所:五反田ゆうぽうと 会議室
住所:東京都品川区×××××××
とあり、
備考として、「ご存知かもしれませんが、五反田ゆうぽうとは日本郵政公社が運営していた施設であり、現在も五反田にて営業中です云々」といった但し書きまで添えられている。
差出人は、はじめて聞く男性の名前が4〜5名列記されていて、どうやら男性が数名集まって、岸本葉子研究会(?)なる活動をしているらしい。
うーん、どうしよう…。
時間的にも場所的にも行けないことはないけれど、正直言って、ちょっとコワイ。
議論!研究!ってお堅い感じにも怯んでしまう。私が言っても話せることなんてないよ。
この手の方々とは、距離を置かせていただきたいような気もしないでもない。
うーん、どうすっぺなぁ…。
と、思い悩んでいるところで目が覚めた。
そう、全部夢だったのー!
私の夢はときどきリアルすぎて現実との区別がつきにくいから困る。
五反田ゆうぽうとなんて実在の場所を出さないでほしいよ、私の脳みそめ。
毎月第三木曜日 夜7:00〜9:00 という日時設定も現実味がありまくりで、本気で悩んでしまったではないか。
たぶん、新刊を読んだり、週刊朝日掲載のエッセイをチェックしたり、久しぶりにメルマガを書いたりして、昼間にかなり岸本さんのことを考えていたせいで見た夢だと思う。
あぁ、予知夢だったらどうしよう〜。
リブロ!リブロ!リブロ!

手元に、リブロのブックカバーが掛かった本が三冊。
中身はこのようになっております。

今日、池袋のリブロで買った岸本葉子さんの新刊「病を超えて―いのちの対話」。
金曜日、渋谷のリブロで買った「何も持たずに存在するということ」(角田光代)と、「本屋の森のあかり(3)」(磯谷友紀)。
私あんまり新刊は買わないので、二日で三冊(計3,760円)なんて、ちょっと異常事態に近い。
今月はもう買い控えよう・・・。
思えば、角田光代さんの単行本を新刊で買ったのは初めてだ。
小説だったら文庫になるのを待ったかもしれないけれど、エッセイだったから、思わず買ってしまった。
角田さんのエッセイがとても好きなので。
いつのまにか、私の中で角田さんは「新刊で単行本」の人になったみたい。
私の中で、単行本を新刊書店で買う(ってもいいと思える)作家 > 文庫を新刊書店で買う(ってもいいと思える)作家 > 文庫を古本屋で買って読む作家 > 図書館で借りて読む作家 の区分がなんとなくついていて、単行本を新刊書店で買ってもいいと思っているのは岸本葉子さんのほか、2〜3人くらいしかいない。
そりゃぁ、お金が無限にあって、立派な書斎があるような広い家に住んでいるんだったら、読みたい本は全部新品を買って読みたいさー。でもねぇ。
ところで、渋谷のパルコブックセンターって、いつのまにリブロになったの!?
会社帰りに渋谷に出やすかった頃、ときどき行っていた。
品揃えとか雰囲気がけっこう好きだった。
っていうことはもしかして、吉祥寺のパルコブックセンターも、今はリブロなの!?
と書きつつ、検索してみたら2000年に、パルコブックセンターはリブロに統合されたのね。
大雑把にいって10年も前のことじゃん!!
ずいぶん長いこと知らなかったー。
もう、PBCってオレンジの文字で書いてあるブックカバーをかけてもらえる本屋さんは無いんだ・・・。
あのカバー、好きだったんだけどなぁ・・・って話も、もしかして世間では散々し尽くされたあとなのでしょうね。ちっとも知らなかったよー。

そうそう、本といえば、先週末に図書館で金沢のガイドブックをたくさん借りてきた。
会社帰りに旅行代理店の前からパンフレットもたくさんもらってきた。
兼六園に行って、忍者寺に行って、甘味処で抹茶あんみつを食べつつ休憩して、古い町並みを眺めてつつ、ブラブラ歩きを楽しんで、おみやげは九谷焼の湯のみか加賀友禅の和小物で、夜ごはんはおいしい日本酒をいただきながら海の幸を堪能して、宿は和倉温泉か山中温泉か山代温泉でまったり〜♪ と、すっかりその気になっていたというのに、金沢には行かないことになった。
パンフレットの後ろにあった「一歩足を伸ばしてこちらもどうぞ」的なコーナーに小さく出ていた立山黒部アルペンルート&黒部峡谷コースに夫が心を奪われてしまったから。なんだよもうー!
それでも、帰りは金沢に抜けて、市内観光してから帰る希望も持っていたのだけれど、どうやら夫の希望だと、そのまま穂高のほうに抜けて上高地を通って帰りたいらしい。そんなこと可能なの? いったいどれだけ歩くの? 私には地理がよくわかんなくてついていけない話だけどさっ。どうでもいいけどさっ。あぁ、山だらけの夏休みになる予感。温泉、せめて温泉・・・!
氷室冴子、好きだったのにー!!
ショック。氷室冴子さんが亡くなったなんて。
おとといの日記で「恋する女たち」のことを書いていたとき、芋づる式にすごく氷室冴子のことを思い出して懐かしんでいたばかりだったのに。しかも今日、やっぱり「恋する女たち」の映画が見たくなって、レンタルビデオ屋さんに2軒行ってみたけれど置いてなくて、あうーせめて原作の小説でも読むかな、あれ?確かに持っていたはずだけどもしかしたら売っちゃったかな、探してみようっと・・・なんて考えていたところだった。
ホントはおとといの日記にも、「恋する女たち」は映画もいいけど、まずそもそも原作がいいんだよ〜、から始まって、「クララ白書」や「アグネス白書」も好きだったとか、いややっぱり「なぎさボーイ」「多恵子ガール」だ! とか、中学のとき友だちとコバルト文庫の貸し借りしてて・・・とか、氷室冴子話をづらづら書き連ねたい衝動に駆られたの。でも、金沢の話からは逸れるし、長くなりそうだったからやめたのだった。
少女小説の分野で有名になった人だけれど、普通の大人向けの小説もぜったい上手く書ける人だと思ってた。いつか一般文芸書の分野で新しい作品を出してくれて、そっちの分野でも評価される時がくるんじゃないかと思っていた。ずっと長い間新作が途絶えてしまって、どうしたんだろうとは気になっていたけれど、いつかまた新しい作品でぜったいお目にかかれると、心のどこかで信じていた。
「銀の海 金の大地」の再開よりも、どちらかというと私は、一般向け小説での再会を楽しみに、ずっと待っていたんだけどなぁーーー。
ああー。
なんか、書きたいことがまだいっぱいある気がするけれど、いまはここまでで。ううー。
おとといの日記で「恋する女たち」のことを書いていたとき、芋づる式にすごく氷室冴子のことを思い出して懐かしんでいたばかりだったのに。しかも今日、やっぱり「恋する女たち」の映画が見たくなって、レンタルビデオ屋さんに2軒行ってみたけれど置いてなくて、あうーせめて原作の小説でも読むかな、あれ?確かに持っていたはずだけどもしかしたら売っちゃったかな、探してみようっと・・・なんて考えていたところだった。
ホントはおとといの日記にも、「恋する女たち」は映画もいいけど、まずそもそも原作がいいんだよ〜、から始まって、「クララ白書」や「アグネス白書」も好きだったとか、いややっぱり「なぎさボーイ」「多恵子ガール」だ! とか、中学のとき友だちとコバルト文庫の貸し借りしてて・・・とか、氷室冴子話をづらづら書き連ねたい衝動に駆られたの。でも、金沢の話からは逸れるし、長くなりそうだったからやめたのだった。
少女小説の分野で有名になった人だけれど、普通の大人向けの小説もぜったい上手く書ける人だと思ってた。いつか一般文芸書の分野で新しい作品を出してくれて、そっちの分野でも評価される時がくるんじゃないかと思っていた。ずっと長い間新作が途絶えてしまって、どうしたんだろうとは気になっていたけれど、いつかまた新しい作品でぜったいお目にかかれると、心のどこかで信じていた。
「銀の海 金の大地」の再開よりも、どちらかというと私は、一般向け小説での再会を楽しみに、ずっと待っていたんだけどなぁーーー。
ああー。
なんか、書きたいことがまだいっぱいある気がするけれど、いまはここまでで。ううー。
夏休みの計画

今年の夏は、しまなみ街道でサイクリングとかしてみたいなぁー、尾道を散策したりしてみたいなぁー、時をかける少女や転校生で見たような風景もあるのかなぁー、などと心の中でぼんやり思っていたけれど、夫が「金沢」と言い出したので、パッと気持ちは金沢に動いた。
金沢行ってみたい〜!
一度も行ったことがない。金沢だけじゃなく、北陸地方自体にほとんどいったことがない。
どんな見どころがあるのかよくわからないし、どのくらい予算をみたらいいのかもまだわからないけれど、とりあえず2泊3日くらいで金沢へ行ってみよう!よし、決定。
交通手段を調べてみたら、上野から寝台特急が出ていることがわかった。
寝台列車好き〜!
北陸フリーきっぷ(4日間有効21,400円)を利用して、行きは寝台特急「北陸」で、帰りは新幹線で行ってこよう! よし、これも決定。
市街中心に周るのか、それとも足を伸ばしてどこか温泉に泊まろうか。
それは、これからゆっくり検討しようっと。
兼六園のほかには、どんなみどころがあるのかしら?
それも、これからゆっくり調べようっと。
金沢のことを考えていたら、映画「恋する女たち」をまた見たくなった。
氷室冴子原作の少女小説を、斉藤由貴主演で映画化したもので、相楽ハル子が光っているの。今の姿からは信じられないくらい爽やかで初々しい柳葉敏郎が出ていたり、小林聡美が一風変わった美術部員として出ていたりで、なかなか面白い。たしか金沢が舞台だったはず。
過去に2回、レンタルビデオで見たけれど、うちの近くのレンタル屋さんには無いんだよねー。
いっそことDVD買っちゃおうかな。主題歌(MAY/斉藤由貴)も好きだし、私にとってかなり印象深い映画ではある。
![]() | 恋する女たち (2006/11/23) 斉藤由貴 商品詳細を見る |
今年の梅雨

東京は昨日(6/2)梅雨入りして、さっそく今日も雨だ。
もともと雨が好きなので、梅雨も好き。
今年の梅雨は、雨の日の写真をいっぱり撮ってみよう! と目標にしてみた。
目標ができたら、いつもにもまして梅雨の日々が楽しみー。
☆ ☆ ☆
ところで、昨日書いたポエティックシンフォニーの感想、関係者の人が読んだらいやな気分になるだろうな、と考えて、昨晩なんだか寝付かれなくなってしまった。
結局数十分で寝たけど・・・
考えた結果思うことには。
私はいままでこのブログでも、前に書いていたブログでも、本や映画や、その他色々見たり聞いたりしたことの感想をいっぱい書いてきたけれど、おもしろくないと思ったものを、おもしろかったと書いたことは一度もない。好きじゃないと思ったものを好きだと書いたことも一回もない。その逆もない。
最初からひとことも感想を書かなかった本とか映画ならあるけど。
つまらなかったところ、不満に思うところには触れないで、良かったと感じたところだけに焦点を当てて感想を書いたこともあるけれど。
でも、思ってもいないことを書いたことは一度もないの。
それだけは、自分の中での大事なルール。
思ったことなら何でも書いていいのか?っていうと、別にそうは思っていなくて、
家族や友人、職場のことなどは、私の中でかなり細かく「書く、書かない」のルールがある。
イヤだったとか、つまらない、とか、ショックだった、などのマイナスの気持ちはあんまり書くつもりない。
ただ、本や映画、ドラマ、コンサート、お芝居、展覧会etc・・・、公共の発表物(? 上手い表現が見当たらない、大雑把にいうと芸術ってことになるのかな)については、こういうところが好きじゃなかった、とか、これこれの部分には共感できなかった、へんだ、おかしい、わからん、つまらん、なんじゃこりゃぁー! などなど、いち消費者として感じたことをある程度自由に書いていいと私は思っている。
ある作品に触れて、人それぞれいろいろな感じ方があるのは当たり前なんだし、それらを受け止めるなり受け流すなりしながら創作していくのが作り手の仕事だと思うから。
ポエティックシンフォニー「Memory of the moment」
もう一昨日のことになるけど、ポエティックシンフォニーという一種の朗読劇を観に行った。
基本情報は次の通り。
『ポエティック“韓流祭り”2008』
日程:2008年5月30日(金)・31日(土)・6月1日(日)
場所:東京芸術劇場小ホール2
料金:前売り3,500円
私が観に行った30日(金)の回は「Memory of the moment」という作品で、主役にスペシャルゲストとして小川範子を迎えての公演。本編の終了後に、特別ゲストのウ・ソンミンによる歌の披露が2曲あった。
ポエティックシンフォニーって、そもそも何? と思いながら出かけてみると、舞台の上に、椅子とマイクが5〜6個あって、役者さんがそこに座って台本ファイルを見ながら朗読していくスタイルだった。基本的に動きはない。随所随所で効果的な音楽が掛かったり、ほんのちょっとだけだけど映像が差し挟まれたりもする。こういう舞台を見るのは初めてで、新鮮だった。大道具も動きもないけれど、役者たちの表情を見ながらセリフを聞いていると、情景がどんどん目に浮かんだ。
さて、感想。かなり毒舌になりそうな予感…
その前にまず「Memory of the moment」のストーリーを簡単に書くと。
3年前のある日、一本桜の前でヒロトは菜緒にプロポーズする。返事は一週間後に同じ場所でと約束するも、心臓病持ちだった菜緒は手術のために急に入院、ヒロトは交通事故に会い、ふたりとも一本桜の前に行くことはできなかった。結局ふたりが会うことはないまま、三年が経ちー。
菜緒はコースケと結婚間近。そこへ、外国へ行っていたヒロトが帰国。実はヒロトは事故の影響で3年前の菜緒との記憶を失っていた!!(注、他のことはだいたい思い出しているのに、菜緒のことだけ思い出さないという都合の良い設定)。
コースケとコースケの妹、ヒロトの三人は幼なじみで、その関係でヒロトと菜緒は再会するのだが、自分のことを思い出さないヒロトに菜緒は哀しみを抑えられない。あぁ、こりゃ切ないね! と思いきや、菜緒が作り出した「これで私の思い出さなかったらおかしいだろう」的な状況により、無事に思い出して「菜緒ー!」と叫ぶヒロト。あぁ、よかったね! と思いきや、もともと病弱だった菜緒は亡くなってしまい、あぁ、なんてこと! 涙、涙……。
という話である。だいたいは。
コースケは、3年前から菜緒のことが好きで、故意に菜緒がヒロトに再会できない状況を作っていたことがわかったり(その良心の呵責により最終的にコースケは身を引く)、コースケの妹はヒロトに思いを寄せるあまり(とは関係ない気もするが)かなりキャラが分裂していたりとか、いろいろ細かい点を端折って説明してみた。
さて。
けっこう感動して泣いている人も多かったみたいなんだけれど、私はあんまり心が動かなかった。なんでだろう? と冷静に考えてみると、理由は大きく二つあるような気がする。
ひとつめの理由は、不自然だと感じられる設定や状況がいくつかあって、物語に入っていけなかったこと。
例えば、普通、好きな人に連絡が取れなくなったら(ましてや、プロポーズをしてくれて、その返事を待たせている相手なら)、家族に連絡してみたり、共通の友人を頼ったりして、探そうと努力すると思う。なとなく会えなくなったまま3年なんて、本当に好きならありえない。そもそも、同じ時期に、一方は急に入院、一方は事故で入院、なんて不自然な偶然だし。
他にも、主要人物4人のうち、兄妹(かつ職場の同僚)が一組、婚約者同士が一組、ある3人は幼なじみ、ある3人はしょっちゅう職場で顔をあわせているといった極めて密な人間関係にもかかわらず、ある人とある人に面識がない(どころか話も聞いたことがないらしい)ことや、ある人がある事を知らないことなど、不自然に思えることがいくつかあった。私だけが感じたことかもしれないけれど。
ふたつめの理由は、昔の乙女ちっく少女漫画にも優るとも劣らない、あまりにもベタでロマンティックな小道具に、気持ちがなえてしまったこと。
どんな小道具かというと…
・ふたりにとっての思い出の場所は、小高い丘の上にある一本桜。
・毎年決まった日にそこに訪れようと言う登場人物。
・「三秒数えてから目を開けてね」と言われて目をあけると、そこに広がっている美しい夕焼け。
・春の雪というリリカルなキーワード。(要するに桜の花びら)
などなど。
ここぞというときに出てくるのならともかく、ただでさえ「昔の彼は記憶喪失」、「二人の男から思いを寄せられるヒロインは不治の病」、「嫉妬心に駆られたライバルがヒロインに非道な振る舞いをする」など、少女漫画的ベタ要素の連続に加えて、ですよ。ちょっとあまりにも過剰では? それとも、これが「韓流」なの??
こういうロマンチック(?)な設定に感情移入していける人も多いんだと思う。
もしかしたらそのほうが多数派なのかもしれない。
でも、ひねくれ者の私には、どれもが、「感動させるために用意された小道具」に見えてしまってダメだった。
「ベタだよ!」とツッコんでほしいのかしら? と淡い期待を持ってもみたけれど、どうみても間違いなく、本気で感情移入して感動してほしいがっているのが見え見えで、あわよくば泣いてほしいとさえ思われているようで、製作者側のそういう意図が見えれば見えるほど、私の気持ちは醒めていくのだった。あまのじゃくといわれればそれまでなんだけどさっ。
なんというか、「感動を与えたい」という目的が先にあって、そのために足し算を重ねて作られている印象を受けた。私は、感動って後からついてくるものだと思っていて、感動させたい、泣かせたい、という思惑が先に見えるとシラッとなってしまう。
以上は、まぁ、あくまで私としてはそう感じた、ということで。
製作者側と感動に関する価値観が合わないってだけの話ですね、きっと。
演じていた役者さんたちはみんな実力者って感じで、みなさんすごーく良かった。(と、とってつけたように書く私・・・、でもホントに!)
基本情報は次の通り。
『ポエティック“韓流祭り”2008』
日程:2008年5月30日(金)・31日(土)・6月1日(日)
場所:東京芸術劇場小ホール2
料金:前売り3,500円
私が観に行った30日(金)の回は「Memory of the moment」という作品で、主役にスペシャルゲストとして小川範子を迎えての公演。本編の終了後に、特別ゲストのウ・ソンミンによる歌の披露が2曲あった。
ポエティックシンフォニーって、そもそも何? と思いながら出かけてみると、舞台の上に、椅子とマイクが5〜6個あって、役者さんがそこに座って台本ファイルを見ながら朗読していくスタイルだった。基本的に動きはない。随所随所で効果的な音楽が掛かったり、ほんのちょっとだけだけど映像が差し挟まれたりもする。こういう舞台を見るのは初めてで、新鮮だった。大道具も動きもないけれど、役者たちの表情を見ながらセリフを聞いていると、情景がどんどん目に浮かんだ。
さて、感想。かなり毒舌になりそうな予感…
その前にまず「Memory of the moment」のストーリーを簡単に書くと。
3年前のある日、一本桜の前でヒロトは菜緒にプロポーズする。返事は一週間後に同じ場所でと約束するも、心臓病持ちだった菜緒は手術のために急に入院、ヒロトは交通事故に会い、ふたりとも一本桜の前に行くことはできなかった。結局ふたりが会うことはないまま、三年が経ちー。
菜緒はコースケと結婚間近。そこへ、外国へ行っていたヒロトが帰国。実はヒロトは事故の影響で3年前の菜緒との記憶を失っていた!!(注、他のことはだいたい思い出しているのに、菜緒のことだけ思い出さないという都合の良い設定)。
コースケとコースケの妹、ヒロトの三人は幼なじみで、その関係でヒロトと菜緒は再会するのだが、自分のことを思い出さないヒロトに菜緒は哀しみを抑えられない。あぁ、こりゃ切ないね! と思いきや、菜緒が作り出した「これで私の思い出さなかったらおかしいだろう」的な状況により、無事に思い出して「菜緒ー!」と叫ぶヒロト。あぁ、よかったね! と思いきや、もともと病弱だった菜緒は亡くなってしまい、あぁ、なんてこと! 涙、涙……。
という話である。だいたいは。
コースケは、3年前から菜緒のことが好きで、故意に菜緒がヒロトに再会できない状況を作っていたことがわかったり(その良心の呵責により最終的にコースケは身を引く)、コースケの妹はヒロトに思いを寄せるあまり(とは関係ない気もするが)かなりキャラが分裂していたりとか、いろいろ細かい点を端折って説明してみた。
さて。
けっこう感動して泣いている人も多かったみたいなんだけれど、私はあんまり心が動かなかった。なんでだろう? と冷静に考えてみると、理由は大きく二つあるような気がする。
ひとつめの理由は、不自然だと感じられる設定や状況がいくつかあって、物語に入っていけなかったこと。
例えば、普通、好きな人に連絡が取れなくなったら(ましてや、プロポーズをしてくれて、その返事を待たせている相手なら)、家族に連絡してみたり、共通の友人を頼ったりして、探そうと努力すると思う。なとなく会えなくなったまま3年なんて、本当に好きならありえない。そもそも、同じ時期に、一方は急に入院、一方は事故で入院、なんて不自然な偶然だし。
他にも、主要人物4人のうち、兄妹(かつ職場の同僚)が一組、婚約者同士が一組、ある3人は幼なじみ、ある3人はしょっちゅう職場で顔をあわせているといった極めて密な人間関係にもかかわらず、ある人とある人に面識がない(どころか話も聞いたことがないらしい)ことや、ある人がある事を知らないことなど、不自然に思えることがいくつかあった。私だけが感じたことかもしれないけれど。
ふたつめの理由は、昔の乙女ちっく少女漫画にも優るとも劣らない、あまりにもベタでロマンティックな小道具に、気持ちがなえてしまったこと。
どんな小道具かというと…
・ふたりにとっての思い出の場所は、小高い丘の上にある一本桜。
・毎年決まった日にそこに訪れようと言う登場人物。
・「三秒数えてから目を開けてね」と言われて目をあけると、そこに広がっている美しい夕焼け。
・春の雪というリリカルなキーワード。(要するに桜の花びら)
などなど。
ここぞというときに出てくるのならともかく、ただでさえ「昔の彼は記憶喪失」、「二人の男から思いを寄せられるヒロインは不治の病」、「嫉妬心に駆られたライバルがヒロインに非道な振る舞いをする」など、少女漫画的ベタ要素の連続に加えて、ですよ。ちょっとあまりにも過剰では? それとも、これが「韓流」なの??
こういうロマンチック(?)な設定に感情移入していける人も多いんだと思う。
もしかしたらそのほうが多数派なのかもしれない。
でも、ひねくれ者の私には、どれもが、「感動させるために用意された小道具」に見えてしまってダメだった。
「ベタだよ!」とツッコんでほしいのかしら? と淡い期待を持ってもみたけれど、どうみても間違いなく、本気で感情移入して感動してほしいがっているのが見え見えで、あわよくば泣いてほしいとさえ思われているようで、製作者側のそういう意図が見えれば見えるほど、私の気持ちは醒めていくのだった。あまのじゃくといわれればそれまでなんだけどさっ。
なんというか、「感動を与えたい」という目的が先にあって、そのために足し算を重ねて作られている印象を受けた。私は、感動って後からついてくるものだと思っていて、感動させたい、泣かせたい、という思惑が先に見えるとシラッとなってしまう。
以上は、まぁ、あくまで私としてはそう感じた、ということで。
製作者側と感動に関する価値観が合わないってだけの話ですね、きっと。
演じていた役者さんたちはみんな実力者って感じで、みなさんすごーく良かった。(と、とってつけたように書く私・・・、でもホントに!)


















